やすえじゅんやダイジェスト人生(30年)

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本記事は
やすえじゅんや
30年の原体験をベースに
「エッセンスと思考プロセス」を
まとめております。

詳細はここでは綴りません。
あくまでダイジェスト。想い。
あたらめて詳細な記事を綴って
リンクを随時更新していきます。

最古の記憶は小3(8歳)

はい。記憶力はよくありません。
物心ついたのがこれくらいかなって
思います。
この時はとにかく

365日中300日お腹が痛かった。

「トイレキャラはいじめられる」
これが小学生の常識だ。
うんこキャラにもはや人権は無いのだ。
だから、油汗をかきながら
必死でトイレを我慢した。
気を失うかと思ったこともある。
腹痛を紛らわすために
親指の爪を立て人差し指に突き刺し
その痛みで気を紛らわしていたら
爪で肉を切り手が血まみれに
なっていたこともあった。
結果
「過敏性腸症候群」と
町医者に診断された
ようはストレスが原因で
お腹が痛くなってた。
どうしようもなく
自意識過剰な男だ。
でも
すごく周りの視線が気になった。
その理由は怖かったからだ

小学3年ながらにそう思っていた。

見上げた空は碧かった(15歳)

ある夏。
人生を賭けていたものが
無くなる

死ぬほど部活に取り組んだ。
学生時代なんてのは
時間を掛けた分
その事柄だけが人生と言っていい。
結果
団体東海大会出場、全国オープン大会出場
それなりにやった。
人生を賭けて部活に取り組んでいた。
一瞬にしてそれがなくなる。中3の夏。

大人になりたかった(16歳)

自分でお金を稼いだ。
嬉しかった。
でもこれは
おままごとだった

地元の普通科の公立高校に進学した。
高校男子にしては
考え方がませていたと思う。

生徒会に所属した。
その方が職員と繋がりができ
動きやすいと思った。

申請も出し、アルバイトもした。
土日祝日は朝刊配達に飲食業。

初めて母親を泣かせた(18歳)

反抗期なんてものは
社会に出ようとする
青年の気持ちと
学生制度という社会の
過保護さ
そのギャップが
産む摩擦によって生じる
心の波風だ

団地に住んでいた。
今振り返れば
うちは貧乏だったんだろう。
それを感じさせないくらい
父親・母親は、日々僕を育ててくれた。

段々、世間との家庭環境格差に
気がつく年頃だった。

ある日、母親と口論になった
「子供の人生の選択肢すら自由にさせれん親なんか!」
この一言で初めて母親を泣かせた。

今振り返ると、
涙が出るくらい後悔する。

確かにうちは貧乏だった。
でも、それを感じさせない位の
愛情と笑顔を
母親は注いでくれていたのに
この侮辱たるや
なんだ。

なぜいきるのか(19歳)

アンパンマンのマーチが
僕の座右の銘だ

なんのために生まれて
なにをして生きるのか
答えられないなんて
そんなのはいやだ

読んでいた本に
活字でアンパンマンのマーチが
書かれていた。

これを読んだ時
電気が流れたのを覚えてる
僕がずっと知りたかったことだ

まさにぼくの命題が
活字化されていて
改めてこれに対して
答えを見出さなければいけない
大学生生活なんだと思い
死ぬほど勉強した。
年間500冊くらい
専門書から啓発書を
読んだ。

生きる事に意味はない(20歳)

ある日、突然答えが出た。
降ってきたって
こういう事なのか
って思うくらいに
思考の扉が開く瞬間というか
突き抜けた瞬間というか
本当の答えってヤツは
自分から生まれ湧き出るって
なんかで読んだが
まさにその通りだった。
僕が出した答えは

生まれてきたこと
自分がなぜ自分の魂なのか
なぜ生きなければいけないのか
答えはシンプルで明快だった

意味などない
あるのは事実のみ

脳が発達して考える・思考できる
人間だから陥るジレンマであって
命に意味なんてない。
全くもって意味なんてないんだと

そしてこうも同時に思った。
生まれてきたことに意味がないなら
生きることに意味がないなら
いつでも死んでいい。
今、おれは死にたいか?
いや、まだ死にたくない!
じゃあなぜ死にたくないんだ!?
そうか!

生まれてきたこと自体に
意味がないのなら
自分で勝手に意味を持ったって
問題ないでしょ!?

そう。
すごく自分勝手な解釈だけれど
おそらくこの解釈は普遍的で

自分の命を還元する(21歳)

自分が何者でありたいか。
どう生きたいか。

その事実だけが
重要であって他はどうでもいい
そう思った。

そして、
自分がどう生きたいかを
考えた時にこう思った。

自分が生きたことを
実証するためにはどうすれば
いいんだ!?

生まれてきた意味
なぜ生きるか問題には
一通り決着がついて

じゃあおれは生きるよ!
って選択したけど
ちょっとまてよ?
おれが生きたことを
実証するためには
どうすればいいんだ?
ってなった。

極論だけれども
万が一明日
人類が急遽
僕一人になって
そっから頑張って
1億年生きたところで
誰も実証してくれない。

まあそうなるよね。

そう考えた時に
また思ったんだ。

とか思いました。

志と社会の摩擦(22歳)

新卒で東証一部上場企業に入社した。
自分の命を還元するためには
自分で事業を起こすしかないと
思っていたが、
社会のシステムも
ビジネスの仕方もわからない
だからまずは就職しようと
社会の歯車になった。
今、振り返ればいい経験だが
正直、いい思い出は一ミリもない。
なぜなら

社会はいち個人の
志を叶えるために
あるのではい
社会の幸せを叶える
そのために個人がいる

すごく勉強になった
言い方がすごく悪いが

人間と肩書き(27歳)

なんだかんだ5年間働いた。
理由は結果が出せなかったから。
契約が取れず、苦しんだ。
まあまあ自分の腑に落ちる結果
を出すのに5年かかった。
そして、
東証一部上場企業から
ベンチャー企業に転職した。
新規事業の立ち上げを学ぶ為だ。

なんでやめるの?もったいな。

肩書きで判断する人に言われた。
もったいないかどうかは
その人が決めてくれていいのだけれど

どこにいたって
おれはおれなんだと
言い張れる状況ってのは
自分自身で結果をだしている
人の特約であり
普通の人間に与えられるものでは
ないのだとこの時学んだ。

人間は生ゴミである(29歳)

29歳、勤めていた会社が
倒産した。
それはもう悲劇だった。
初めて大人複数人に囲まれ
犯罪者呼ばわりされた。
ただの一般社員であったのにだ。
人間の変貌ぶりは恐怖だった。

職を失った。が。
もともと自分で事業をすると
決めていた。
ビジネスモデルもあった。
倒産に巻き込まれ大変な思いもした。
でもこれも経験だと割りきった。
そして、あとはお金だけ。
お金があれば事業ができる。
いろんな機関に足を運び
熱意を伝えたが
なかなかうまく行くもんではない。

最後の手段かと
全ての銀行系の
クレジットカードローンを
ネットで申請し
資金繰りをしようと考えた。
ネット申請の結果は

融資額 0円です。

これだった。

そんな風に言われている気がした。
そして思った。

おれは生ゴミだな
って
食用で誰かの飢餓を救えるなら
まだタチがいい。
しかし、人間が食われる
ことは映画の中くらいで
食用肉になることすらできず

夢と希望と熱意。
ただそれだけを持った
生ゴミだった。

義理、人情、恩返し(30歳)

結果。
自分のビジネスモデル、
熱意に共感してくださり
一緒になって事業を進めてくださる
ヒーローが現れた。
これはもう奇跡だと思っている。

だからこそ今、
事業を初めて、
毎日、失敗と反省を繰り返し
なんとかビジネスを軌道にのせようと
もがいている。

本当に嬉しかった。
生ゴミでも拾われる。
一生かけて恩返しをして
何としてもこの事業を成功させる
そこに諦めはない。続けて、
もがいてもがき、突き抜けて
成功を掴む
そう決めている。

最後に

このぶしつけな文章を
最後まで読んでくださり、
本当にありがとうございます。
だいたいこれがやすえじゅんやの
ダイジェスト人生です。
本当はかけないことももうちょっと
あったりする。
でもこんなもん。
誰かにあてて書いたわけではないから
読みづらい文章だと思います。
でも、僕という人間を知ってもらうために
このテイストのまま
投稿しようと思います。
そのうちリライトもすると思います。
そしたらもう少しは読みやすく
なると思います。
次の記事でお会いしましょう。

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