やすえじゅんやプロフィール

当ブログの管理人
「やすえじゅんや=通称:やすP」の
詳細プロフィールです。
とこのブログにかける思いを綴っております。

生い立ち

やすえじゅんや
1988年7月生まれ
血液型は B 型です
愛知県春日井市で育ちました。
〇〇ニュータウン的な団地が僕の故郷です。
そして右向いても左向いても山ばっかり。

家族構成は長男の僕、
おとん、おかん、おとうとの4人家族。
うちの家ではおかんが
絶対的権力者であり支配者。
って言っても
特に嫌な思いとかは全くなくて。
今、振り返れば
すごく貧乏だったんだと思うけど
それを感じさせないくらい
好きなことをやらせてもらったし、
普通の幸せを与えてくれた
最高の家庭だったと思います。
もちろん今もスーパー仲良しです。

義務教育時代

運動はできた方です。
しかし、全くモテませんでした。
足が早い男がモテるという定説の恩恵は、
当時の僕にはありませんでした。
頭はしっかりスポーツ刈り
明るい男、にぎやかタイプです。
小学校時代で一番覚えているのは
すぐにお腹が痛くなる男の子だったこと
だいたい1年間365日で300日ぐらいは
「お腹が痛い・・・」。
保健室の先生にはまた!?
って言われて
結局蓋をあけてみたら
「過敏性腸症候群」。
ようはストレスが原因で
お腹が痛くなってた。
当時は何にそんなストレスを
感じていたんだろう?
特に根暗なヤツだったかと言うと
そうでもなく、どちらかと言うと目立つヤツ
だったと思う。
運動会で応援団長とかやりましたから。
でも、幼少期に感じたことで今も
思っているのは

小学校時代で一番覚えているのは
すぐお腹が痛くなる男でした。
お腹が痛くなっても、小学生なんてものは
トイレにいくといじめられる文化。
必死でお腹痛いのを我慢していました。

だいたい1年間365日で300日ぐらいは
「お腹が痛い・・・」。
ただ死んでもトイレには行きたくない
脂汗をかきながら保健室へ
保健室の先生にはまた!?
って言われて
結局蓋をあけてみたら
「過敏性腸症候群」。
要は、周りを気にしすぎて
お腹が痛くなる男でした
またお腹痛くなるんじゃないか・・・。
トイレに行きたくなったらどうしよう・・・。
いじめられたらどうしよう・・・
ようはストレスが原因で
お腹が痛くなってた。
当時は何にそんなストレスを
感じていたんだろう?
特に根暗なヤツだったかと言うと
そうでもなく、どちらかと言うと目立つヤツ
だったと思う。
運動会で応援団長とかやりましたから。
でも、幼少期に感じたことで今も
思っているのは

自分のことを誰がどう思っているのか
それが気になってしょうがなかった

自意識過剰だったって思えばすごくダサい。
でも今も時々思う、

自分から見た自分は
自分で説明をつけれて処理できる。
ただ、相手から見た自分は
相手の中で処理されて
自分の意志が反映されぬままに
理解されるから
すごく怖いなって思ったりする。

当時はこんな語言化なんてできてなかったけど
同じ気持ちの人、多かれ少なかれいるんじゃないかな
そんなことにストレスを抱えていたんじゃないかな

中学生時代は死ぬほど「部活」
バトミントンに明け暮れていた。
毎日12時間くらい練習。
プロのバトミントンの選手になるんだろ〜な〜
って思うくらい練習してた。
バドミントンはとても見た目が
激しいスポーツだけれども、
実は「マインドスポーツ」で
心が強くないと勝てない。
って話が脱線しそうだから
ここまでの説明でストップ。

義務教育終了-高校時代

愛知県の県立高校に進学しました。
この時、僕は自分自身のことについて知ったことがあります。
「僕は勉強ができない」
これは致命的でしたw。
テスト前にすごく綺麗にノートをとって、
めちゃくちゃに時間をかけて勉強しても、
テストで点数取れない子が稀にいるじゃないですか?

それ、僕です

なんでお前そんなに勉強しとるのに
点数そんなに取れないの!?
って何回言われたことか…
それ1番知りたいの俺なのよ…って
テストの度に言っていました。
ただ勉強はできませんでしたが、
生徒会にやって、
生徒会長なんてのもやりました。

この時も思いました。
そして今も思います。

今、現在も勉強は全くできません。
よく要点を押さえれないからいけないんだとか
容量が悪いとか、勉強の方法が悪いとか
言われますが。
自身の分析は
全く違う答えを出しています。

でもこれよく言い訳だって言われるんです。
でも、間違ってないと思うのでいいます。
答えはシンプルで

「向いていない」

です。
あ、やっぱり言い訳っぽいですかね。
ただ思うんです。
マラソンで日本代表になった選手が
砲丸投げでも日本代表になれるかというと
「なれなくはないかもしれないけど
 時間が掛かるんじゃない!?」
また逆も然りだと思います。
加えて言うなれば
そもそも骨格や筋肉の付き方から
違うスポーツなので、
肉体的にも向き不向きが出てくる。

スポーツの世界に向き不向きがあって、
勉強の世界に向き不向きの概念がないのは
おかしい!って思ってました。

勉強はできた方がいいと思います。
ただ、向いてない理論は
一理あると勝手に思っています。

義務教育終了-大学時代

通学時間片道
約3時間のスーパー山奥の
大学に進学してました。
なぜかって?
学力がないものに
選択の余地なんてないご時世です。
普通の私立大学です。
偏差値も50くらい。
ちなみにこの時僕の偏差値は
おそらく38くらい。

ただこの大学進学は
私の人生に大きな影響を
与えてくれました。

「恩師」との出会いもあり、
大学生活の4年間「死ぬほど勉強」しました。

勉強っていっても「学業」は
もちろん1ミリも才能がなく
向かなくできませんでした。

大学で勉強したのは
「教養と社会人基礎力」
だと思っています。

まさに二宮金次郎状態で
ひたすら本を読みました。
一時期、
書店に並んでいる自己啓発本は
全て読破したという
感覚がありました。
(なぜなら書店で
  全て立ち読みしたので)

当時19歳、大学2年でした。
この時初めて、
まだ漠然とした状態でしたが
「社長になりたい。」
 って思いました。
「お金持ちになりたい。」
 って思いました。
お金持ち=社長かはわかりませんが、
当時はそう思いました。

「じゃあどうやって社長になるか」
を考えたとき
「売れるモノ・サービスを手に入れること」と
「売る技術を身につけること」が
必須だと考えました。

なのでまず
「コミュニケーション能力」
大学生時代で一気に高めようと思いました。
喋ることに関しては、
自信がありました。で
「コミュニケーション能力が
 最大限に必要な瞬間はどんなタイミングだ?」
と考えた時、もちろん僕はバカなので。。。

あ。合コンだわ。

とシンプルに思いました。
で。
最初に考えたことはこう。
①おれのルックスではまずムり…
②だったら学内のイケメンと
 片っ端から友達になるしかない…
③学内のイケメンと仲良くなるためには…

ファッションに気を使って
最先端オシャレになれば
共通の話題できるんじゃね!?

当時は
これだ!!!
ってマジで思いました。
で。
まず学内で1番オシャレなヤツを探し
「おれにファッションを教えてくれ」と
いきなり懇願し。
「お。。。おう。。。」
って反応でした。

んでもって持ってた服を全て捨て
最初に買ったのは、
「白のシャツと黒のシャツ。」
そこからファッションのイロハを
全てその友達に叩き込んでもらって

気がつけば僕は大学内で
オシャレなヤツという
称号を手に入れた。

(結果その学内で1番オシャレだった友達は
 某ハイブランドのプレスになったので
 僕の目にくるいはありませんでした。)

そして、次のステップ
この称号を武器にイケメンと友達になるだ!
と思っていましたが
この称号の効果は抜群で、
大学で目立ちに目立って
普通にイケメンが集まってきました。

じゃあ次に僕は何をしたか。

そう。いよいよ行動開始です。

そのイケメンメンツでチームを組みました。

名付けて
「合コンファイターズ」

バカ丸出しですが。
相手には直球が響くものです。

週5でアルバイトをし資金を貯め、
週4で合コンしました。

週2日間バイト休みを入れて、
休みのタイミングで
1日2件のコンパを入れる
第1部 18時〜20時
1時間反省会ののち
第2部 21時〜終電

まさに合コン無双

この取り組みを3ヶ月間程続け、
200人くらいの方と知り合って
美味しいお酒を飲みました。

合コンファイターズは
そのネーミングセンスから
学内でも少し有名になりましたw。

もちろん死ぬほど勉強もしたので、
合コンも遊びではなく本気でやりました。

今振り返れば青春だなーって思いますが。
すごく貴重な経験だった。
そして、今の僕のコミュニケーションスキルの
99%はこの時に学んだこと。
お金や時間はかかるけど、
投資と思って
取り組んでみたほうがいいと
今もみんなにおすすめしています。

就職活動

合コンファイターズは
大学3年生の時に自然消滅しました。
そう。就職活動でみんな合コンどころではないから。
で、僕は
社長になりたいという気持ちは
もちろん持っていました。
ただ、まずやるべきことは
大きい大企業で働いて
ノウハウを根こそぎ頂きたい!
という思いでした。
大学で死ぬほど勉強して、
死ぬほど合コンもして、
今のトレンドのキーワードで言うと、
社会人基礎力とか教養を、
さらにトークと
コミュニケーション能力を
これでもかってくらい高めました。
ただ学力は全くないです。

では僕の就職活動の結果は
どうだったか。。。

就職活動は全37社受けました。
(これかなり多い方だと思います)
そして
35社は筆記試験で落ちました。

学力はありませんからw
奇跡的に2社は筆記試験を重要視せず、
面接重視だったので。
そのうちの1社に内定をもらいました。

そして入社しました。
運良く
東証上場企業の中でも
最上級に優良企業。
同期は120人くらい。
東大、京大、早稲田、慶応、明治、阪大、名大、など
国立大学8割、私学2割くらいの割合。

私自身、学力偏差値でいうと38だから
就活は成功した方かなと思います。

入社式の時に大学名をいったら
「え。。。そこどこ?」
「お前奇跡だな!流れ星レベルだわ!」
と言われたのを今でも覚えてます。

僕は社会に呑み込まれた。

上場企業で営業として5年間働きました。
ベンチャー企業で2年間働きました。
結論から言うと

僕は社会に呑み込まれました。
「社長になりたい」
そんな言葉を口にするのが
恥ずかしいくらい
結果を残せず
社会に呑み込まれた

上場企業では4年間、契約が取れず悩みました。
宴会芸では社長賞をもらいましたがw。
注文がもらえませんでした。
半分うつ病みたいな感じになっていたと思います。
取り組んでも取り組んでも結果が出ない。
負のスパイラルに4年間い続けましたから。
結果、会社を退職しますと話をしたその年に
ようやく売れはじめました。

利益で自分がもらった
お給料分は稼げたと思います。
といっても、
周りに支えてくれた上司の方や
エンジニアの方がいたので
差し引きマイナスだと思っています。
ただ、
お客さんになってくださった企業は、
全て上場企業の会社で、
そのうち新規取引も数社あったので、
お金はマイナスですが、
優良企業との取引開始の
資産を残せたかなと1ミリ思っています。
(むちゃくちゃお世話になった上司、
支店長にむちゃくちゃ怒られそうですが)

この会社には
法人営業を学びに入社しました。
大学時代
死ぬほど勉強しているうちに
将来は自立したい
気持ちが強かった。

そのために必要な
スキルは何かと考えた時
営業力は必須と考えて、
営業の中でも
法人営業の方が、
大きな金額が動くと考えて
そのスキル、
ノウハウは財産になる。
そう考えていたから
やって来れた。
ただ、3年で経験を積むはずが
5年掛かりましたが。

次に自立するためには
どんな能力が必要かと考えた時、
新規事業を起こす
ノウハウとその事業を育てる方法でした。
なのでベンチャー企業で
そのチカラを手に入れようと考えました。
そして、ネットでいろいろ調べまくっていた時
「この人のもとで働きたい!」
と直感で思った人が現れたので即行動。
メールを送り、面接を受け、入社させて頂きました。

そこは不動産関係で
創業・起業を支援している
ベンチャー企業でした。

新規事業立上げや不動産仲介、
イベント企画、
Webサイト立上げ、
投資事業などなど、
もりもりノウハウを
吸収させて頂きまいた。

1年半ほど働いて
年間売上数千万、
利益率50%という結果を出せました。
そしてその会社は辞め、
Universal Branding を立上げ、
個人事業で活動しています。

最後に

社会人になってからのことは
色々ありすぎてダイジェスト版でここではかきました。
改めてしっかりと別の記事に書き上げます。
こうご期待ください。


僕が、そしてUniversal Brandingが
このブログを立ち上げた理由は、
「ポジション」をとるためです。

今のSNS時代では
「今、私はこんなことを考えてます!」
と発信し続けることが
とても重要だと思っています。
ビジネスを考え
→ 発信し
→ 知ってもらい
→ 興味を持ってもらい
→影響が与えられる範囲を広げていく
このサイクルが循環し、
たくさんのビジネスパーソンの役に立つ
コンテンツとして確立されていることが
何より重要だと思っています。
なのでこのブログは全力であなたを勇気付けます。
20代をどのように過ごし、
そして、30代をどうやて飛躍するか。
僕のケースで何が参考になるかは
正直わかりませんが・・・。

今、こうやって事業を立ち上げ、
かつブログを開設し試行錯誤をしております。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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